2008年11月14日
鑑賞ポイント1
こんにちはsakuです
現在、沖縄県立博物館・美術館にて「甦る琉球王国の輝き」展が開催されていますが、
開催期間中の間は、
目立ってないけど個人的にオススメな展示品や、
この展示品はココを見てほしい
っていうのを紹介したいと思います。
別に県立博物館の回し者ではないですよ(笑)
初回は殷元良(いんげんりょう1718~1767)の「雪中雉子之図(せっちゅうきじのず)」です
インゲンリョー?誰?って思った方もいるかもしれませんが、
彼は琉球を代表する有名な絵師です
大和名を座間味庸昌(ざまみようしょう)と言います。
殷元良は唐名ですね。
首里に生まれた殷元良は幼少より絵を好みます。
そして12歳には何と、尚敬王の命によって御城(ウグシク)に召喚されます
御城は首里城のことです。
それからは琉球王府お抱えの絵師として腕を磨きます。
一方、役人としてもどんどん昇進していき、進貢使の一員として中国出張もこなします。
かの有名な蔡温から「廷器」の字(あざな)をもらい、
尚敬王の御後絵(うぐい)は彼が描きます。
現在の首里城南殿の二階に飾ってある王の肖像画を「御後絵」と言うのですが、
尚敬王の絵は彼が描いたものだったんですね
現在飾られているのはモノクロ写真で、本物はちゃんと彩色されていました。(が現存しない)
さて、その殷元良が描いた絵画のひとつが今回展示されている「雪中雉子之図」です。
雪が降らない琉球で、雪中のキジを描くなんてすごいですね
もしかしたら当時の流行だったかもしれません。
そんなクリエーター殷元良の「雪中雉子之図」は出口付近に展示されているので
是非見てみてください
余談ですが、そんな彼は貝摺奉行所(かいずりぶぎょうしょ)に勤めたことはなかったそうです。
貝摺奉行所は貿易用の漆器類を製作する役所で、
その中に螺鈿(らでん)などの図柄をデザインする
デザイナーたちが勤めるセクションがあったんですが、
彼はそこに勤めることはなかったそうです。
螺鈿の図柄と絵画とは全然別物ではあるんですが、
ひとくちに絵師と言ってもいろんなジャンルがあったんですね
文責:saku
現在、沖縄県立博物館・美術館にて「甦る琉球王国の輝き」展が開催されていますが、
開催期間中の間は、
目立ってないけど個人的にオススメな展示品や、
この展示品はココを見てほしい
っていうのを紹介したいと思います。
別に県立博物館の回し者ではないですよ(笑)
初回は殷元良(いんげんりょう1718~1767)の「雪中雉子之図(せっちゅうきじのず)」です
インゲンリョー?誰?って思った方もいるかもしれませんが、
彼は琉球を代表する有名な絵師です
大和名を座間味庸昌(ざまみようしょう)と言います。
殷元良は唐名ですね。
首里に生まれた殷元良は幼少より絵を好みます。
そして12歳には何と、尚敬王の命によって御城(ウグシク)に召喚されます
御城は首里城のことです。
それからは琉球王府お抱えの絵師として腕を磨きます。
一方、役人としてもどんどん昇進していき、進貢使の一員として中国出張もこなします。
かの有名な蔡温から「廷器」の字(あざな)をもらい、
尚敬王の御後絵(うぐい)は彼が描きます。
現在の首里城南殿の二階に飾ってある王の肖像画を「御後絵」と言うのですが、
尚敬王の絵は彼が描いたものだったんですね
現在飾られているのはモノクロ写真で、本物はちゃんと彩色されていました。(が現存しない)
さて、その殷元良が描いた絵画のひとつが今回展示されている「雪中雉子之図」です。
雪が降らない琉球で、雪中のキジを描くなんてすごいですね
もしかしたら当時の流行だったかもしれません。
そんなクリエーター殷元良の「雪中雉子之図」は出口付近に展示されているので
是非見てみてください
余談ですが、そんな彼は貝摺奉行所(かいずりぶぎょうしょ)に勤めたことはなかったそうです。
貝摺奉行所は貿易用の漆器類を製作する役所で、
その中に螺鈿(らでん)などの図柄をデザインする
デザイナーたちが勤めるセクションがあったんですが、
彼はそこに勤めることはなかったそうです。
螺鈿の図柄と絵画とは全然別物ではあるんですが、
ひとくちに絵師と言ってもいろんなジャンルがあったんですね
文責:saku
Posted by シマミグイ at 11:20│Comments(0)
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